ヨガの教本であるヨガスートラについて紹介します。
ヨガスートラとは、現代のヨガの創始者と呼ばれているパタンジャリが著作して古典のことです。スートラとは、サンスクリット語で縦系という意味があります。これは、ヨガのゴールとされるプロセスを階段式に表現したものを表すと考えられます。このヨガスートラは、現代のヨガの聖典ともいわれるもので、人の行動、精神、肉体、生き方の全てを記した根本経典ということができます。仏教には、八正道という考え方がありますが、ヨガにも8つのステップからなる8支則が存在します。これらのステップをヨガのプラクティスとし、実施していくことでヨガのゴールと呼ばれるサマディ(悟り)に近づくとされているのです。ヨガの知識とは、まさに、このヨガスートラに全て記されているといっても過言ではありません。ヨガスートラはサンスクリット文学を由来とし、短い警句からなるもので、195句の警句が記載されています。基本的には、口頭で伝えられてきたものですが、この警句の中で、ヨガを表す有名な一句があります。それは、「ヨガ、チッタ、ブルッティ、ニローダ、結合、心、行動、完全な呼吸、ヨガとは心をある対象にだけ向かわせその心を同様させずに向かわせ続けることである」という一句です。この言葉からもわかるように、ヨガスートラでは、心のあり方、または性質について書かれています。構成は、4つの章からなり、4人の弟子に対してヨガの考え方、教えを説いたとされています。特に第一章は、ヨガを知る重要なカギとされており、ヨガの概要や特質、さらに、ヨガを実践していく中で予想される問題、その解決方法などがしるされています。第一章は、サマディパーダ(悟りについて)、第2章は、サーダナパーダ(精神)第3章は、ヴィブーティパーダ、第4章は、カイヴァリヤパーダと続き、第2章の具体的な鍛練法、行法が記されています。パタンジャリは、ヨガとは心の行いと有様のことだととらえていたようです。(規律やアーサナ、呼吸、感性)といった要素を研ぎ澄ますこと、人として清潔であることが、自分の才能を開花することだとしています。現代のヨガは、このようなストイックな側面は、そぎ落とされてはいても、最終的に、現代社会に足りない何かを補う魅力があるのだと感じます。それは、やはりヨガスートラでいうところの自分らしさを開花させるということなのかもしれません。また、パタンジャリは、現代のヨガにも精通する考え方をヨガスートラの中で述べています。それは、ヨガは、プラクティスを行う心と、その結果を問わない強い心が必要であるという点です。結果を問わない心とは、人の心理においてとても難しいことです。しかし、ヨガが沢山の人々に求められる所以なのかもしれません。
